2008年06月27日

堀川高校の探究活動

堀川高校外観。

 今日は『奇跡と呼ばれた学校』の舞台となった京都市立堀川高等学校を見学してきました!朝から放課後まで、教頭先生や校長先生がつきっきりで授業見学の案内をしてくださったり、お話を聞かせてくださったりと本当に至れり尽くせりでした。ありがとうございました!

 堀川高校の特徴はなんといっても課題探究型の学習をカリキュラムに導入しているところです(探究基礎と呼ばれています)。プチ大学とも呼ぶべき少人数のゼミ制を採用し、生徒が主体的に研究活動を行うことで、大学進学への動機付けを得、「学ぶ姿勢」と「学び方(学びの作法)」を身に着けます。詳細は『奇跡と呼ばれた学校』の記事をごらん頂きたいのですが、実際にその授業を見せていただくまで、「本当にそんなにうまくいっているのだろうか?」と私も実は半信半疑でした。

 しかし。実際に現場を見てみると、オーストラリアの学校を思い出させる、自由な雰囲気の中で高校生達がそれぞれ自分の研究に取り組んでいるではありませんか。「何のテーマに取り組んでいるんですか?」と質問すると、恥ずかしそうにしながらも丁寧に説明してくれる生徒さんが多かったです。結構専門的なテーマに取り組んでいる人が多くて驚きました。まるで大学の卒論のテーマのような印象です。「研究の時間が足りないので、もっと長く取り組みたい」と言っている生徒もいました。

 先生によれば、生徒達はその続きを大学で行うモチベーションを得て、やりたいことが明確になり、「やりたいことのできる大学」を選ぶから、受験勉強にも身が入るのだということでした。成績から「いける大学」を選ぶことはしません。また、大学進学が目的達成のためのあくまで手段であることがわかり、日本の受験生によく見られる、大学に入学した途端に学ぶことをやめ、無為に時間を過ごすこともないのだそうです。(もちろん、これは理想論です。ただ、個人差はあれ、そのようなモチベーションを多くの生徒が得られているのではないかと見学して感じました。)

 生徒達は自分たちの研究成果を発表する機会も与えられます。その日は外部にも公開され、近隣の小中学校生、保護者や専門家の方々もたくさん発表を聞きに訪れます。先生によれば、ここで外部の専門家に叩かれることで、生徒達は自分たちの知識が不足していることと、それゆえに自分たちは学ばなければならないということを学ぶのだそうです。

 それにしても、生徒の研究の中でも特に優秀で、海外のコンクールにまで進出したというもののポスターを見てまたビックリ。私も大学院時代に学会発表などをしたことがありますが、そのポスターは大学院生が書いていたとしても全然おかしくないような内容だったと思います。これはさすがに才能もあったでしょうし、その生徒の努力も相当なものだったのでしょうが、探究基礎というきっかけを与えることで、高校生でもここまで伸びる人がいるのだなぁ、と感心させられました。

 探究基礎の活動内容を見ていると、テーマこそ小学生と高校生では異なりますが、そのアプローチはオーストラリアの教育方法である inquired approach とそっくりであるように感じます。遠く離れた二つの国で独立に生まれた教育のアプローチが共通だというのは何とも不思議ですが、むしろそれはこれからの社会で必要とされる能力を育むためのアプローチとして正しいことを示しているのかもしれません。

 私もこれまでの事例研究の中で、「生徒がその教育を終了後に社会で経験することを、あらかじめ教育課程で擬似体験させることで、社会に出るモチベーションと必要な能力を身につけさせることができるのではないか」と考えるようになりました。堀川は、大学進学に特化しているとはいえ、その考えを補強する成功例であるように思います。

 ただし、堀川は特別な例であるともいえます。京都市のパイロット校であり予算が潤沢であったこと、予算以外にも近くに京都大学をはじめとした総合大学があり、探究活動に使える人的・物的リソースが豊富であったことが、大きく影響している点は否定できません。教育熱心ではなく、近隣に提携できる大学や企業がない自治体のほうが全国には多いと思います。容易に一般化はできないといえるでしょう。

 とはいえ、その教育原理はとても有効だという実感があります。具体的な実践方法は地域によって異なるというところに配慮しながら、あるべき教育像を探っていく手がかりにしたいと思います。


(written by tomoya)
タグ:教育視察
posted by ideamix at 14:22| 教育像の探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月20日

R2、メルボルンをゆく! 〜オーストラリアの教員養成課程の巻〜

 今日は名門メルボルン大学を訪問し、教育学部の先生にオーストラリアの教育についてインタビューをして来ました!私自身がこの春まで学生だったこともあり、キャンパスの雰囲気はとても落ち着きました。メルボルン大学はクラシックな建物と近代的な建物が共存し、緑も多く、とても美しいところでした。私も、こんな素敵なキャンパスに留学したいです。(もちろん、私の母校のキャンパスも非常にいいところでしたが。)

今日は初めて、トラム(路面電車)での移動となりました。キャンパス訪問、楽しみ〜。
今日は初めて、トラム(路面電車)での移動となりました。
キャンパス訪問、楽しみ〜。

メルボルン大学到着!何だか、お洒落なキャンパスっぽいぞ!?
メルボルン大学到着!
何だか、お洒落なキャンパスっぽいぞ!?

おぉ、やっぱりお洒落だ!歴史のありそうな、風情のある建物が多いですね〜。お休み期間だからか、人通りがあまりありません。
おぉ、やっぱりお洒落だ!
歴史のありそうな、風情のある建物が多いですね〜。
お休み期間だからか、人通りがあまりありません。

と思いきや、こんな近代的な建物も。緑が多いのがいいですね〜。
と思いきや、こんな近代的な建物も。
緑が多いのがいいですね〜。

教育学部棟。何だかアカデミックな雰囲気だ!(当たり前だけど)
教育学部棟。
何だかアカデミックな雰囲気だ!(当たり前だけど)


 さてさて、これまでの視察で、オーストラリアでは自律的学校経営を導入して学校現場に裁量権を与え、クラスでは Integrated Studies や Inquired Approach が実践されていることを、本の上の知識だけでなく実際にこの目で見ることができました。しかし、その中でどうやってそんな実践ができる先生を育てているのか?という疑問が湧いてきました。教科書のないオーストラリアでは、先生にカリキュラム開発能力や、「6つの帽子」などの思考法を授業で実践するスキルが求められるのです。

 その答えが大学の教育学部、教員養成課程にあるのではないかと考えた我々は、幸運にもまさにカリキュラム開発を教育学部の学生に指導していらっしゃる先生にお話を聞かせていただく機会に恵まれたのでした。

 結論から述べると、オーストラリアで先生になるには大学でカリキュラム開発やさまざまな思考ツールの使い方を、実践を通じて学ぶ機会を提供されます。今回取材させていただいた先生(以下、S先生)は、次のような授業を実践されているとのことでした。

 オーストラリアの大学は2学期制ですが、学部4年生の1学期に、S先生が教育学部の学生を生徒とみなし、実際に primary school や secondary school で教えるように integrated studies を実践します。要するに模擬授業を行うことで、実際に学校現場で子供たちがどのように学ぶのかを学生たちに経験させるわけですね。その際に例えば「移民」などのテーマを決め、英語や算数、芸術の授業などを行い、それぞれをどのようにテーマの「移民」に関連させるか、それぞれの授業がどのように州の教育スタンダードである VELS に対応しているかなどを学生に示し、授業運営のお手本を示すようにするのです。これは、学校現場で17年の教師経験をもつS先生だからこそできる授業だと思います。

 続いて2学期には、その経験をもとに学生たちが自らカリキュラム開発を行い、授業計画を立て、さらにそれを教育実習という形で学校現場で実践します。授業のプランニングシートはS先生が用意したフォーマットがあり、Inquired Approach の各段階(※)に沿って計画を練ることができるように工夫されています。こうすることで、学生達が授業計画に必要な要素をもれなく取り入れられるわけですね。

 その計画をもとに、実際に学校で生徒に授業を行い、生徒の能力を伸ばすことが求められます。その際にどんな工夫をして生徒の能力を伸ばしたか(例えば思考ツールを応用するなど)、どのようにして生徒の能力を評価したか、そして実際に伸びたのかどうか、全てがその学生の評価に絡んできます。そして、S先生は常に学生がどのように教育実習を進めているかをフォローし、アドバイスを与えていきます。日本では教育実習は現場の先生が評価しておしまいな印象がありますが、S先生は自らが学生の教育実習に深くコミットし、学生を評価します。

 ※Inquired Approach は生徒の知識ではなく思考力を伸ばすアプローチであり、生徒が主体的に学習にコミットします。それには生徒が「課題を見つける」「調べる」「まとめる」「結論を導く」「行動する」「振り返る」といった段階が存在します。(これらの各ステップの詳細はモデルによって異なるようです)

 オーストラリアやフィンランドの教育を見ていて常々合理的だと感じるのは、子供がこれから生きていく社会を学校であらかじめ疑似体験させるところなのですが、教員養成でも同じように感じました。教師になる前に、教師が実際に行う業務を全て在学中に一度経験させてしまうわけです。日本のように2週間程度現場の先生のお手伝いをして終わってしまう教育実習ではなく、実際に教師になったときに求められるカリキュラム開発、その実行、生徒の評価、自らへのフィードバックというサイクルを全て経験できるのですね。なるほどそうすれば教師になって想定と異なった事態になるリスクも低いですし、教師になるモチベーションも湧くことでしょう。

 このしくみはある意味当然といえば当然ですね。教師として通用する人間を育てるためには、教師に求められる能力を全て網羅しなければならない。そして能力を全て網羅するためには、実際に教師を疑似体験してみればよい。非常に明快で、合理的なシステムだと思います。

 小学校や中学校でも、実際に社会に出たときに子供たちに求められるのは、テストの問題を解くことではありません。チームで課題に取り組み、その課題に対して解決策を考え、それを実践すること。これは恐らくビジネスでもポリティクスでもアカデミックでも共通するプロセスではないでしょうか。これをオーストラリアでは学校教育で疑似体験させていると解釈できると思います。

 日本の総合的学習は、「生きる力」という非常に抽象的でわかりにくいコンセプトのもとに導入されてしまいました。現場の教師からすれば、どのように授業を行えばよいかわからないという面もあるのではないでしょうか。大人になって社会に出てゆく子供たちに、実際に社会がどのように動いていて、そこでは何が求められるのかを知ってもらい、社会の一員となる意欲を持たせること。これが「生きる力」の具体的な解釈としてシェアできれば、日本の学校教育ももっと有意義になるのではないかと感じました。(注:この「生きる力」の解釈はあくまでも私の個人的見解です。)

 今日の訪問で、オーストラリアが教育の実践にあたって、そのために必要なリソース(例えば教員の質)を確保するための具体的なアクションをとっていることがよくわかりました。私たちも日本の教育像を探究するにあたって、まずは求められる人材や能力を定義し、その育成のために有効なストラテジーを考え、それを実現可能にするためのリソースを提供できるような具体的なアクションプランを練っていくことになると思います。

 学校視察も今日でおしまいです。明日は、これまでのまとめ作業を行うことになりそうです。


(written by R2)
タグ:教育視察
posted by ideamix at 20:45| 教育像の探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月19日

R2、メルボルンをゆく! 〜日本語教育の巻〜

 今日は Warranwood Primary School の視察に行って来ました!小高い丘の上、住宅地の真ん中にあるあたり、昨日訪れた Greenhills と共通していました。この小学校では外国語教育の一環として日本語が教えられているということで、授業を見学してきました。

 (ビクトリア州のスタンダードを定める VELS では小学校からの LOTE ( (Language Other Than English) ) 教育を必修としています。どの言語を学ぶかは学校の自由ですが、日本でも小学校から英語を導入する動きがあるので、参考になるかもしれませんね。)

小学校の正面入り口。芝生のベンチが落ち着いていいですね〜。
小学校の正面入り口。
芝生のベンチが落ち着いていいですね〜。

中庭で遊ぶ子供たち。いろんな年代の子供たちが入り乱れて遊んでいて、微笑ましいです。
中庭で遊ぶ子供たち。
いろんな年代の子供たちが入り乱れて遊んでいて、微笑ましいです。

運動場が充実しているこの学校。芝のでっかいグラウンドのほかに、バスケットコートやテニスコートが!休み時間終了のチャイムぎりぎりまで必死に遊んでいました。
運動場が充実しているこの学校。
芝のでっかいグラウンドのほかに、バスケットコートやテニスコートが!
休み時間終了のチャイムぎりぎりまで必死に遊んでいました。


 日本語クラスではPrepクラス(準備学級のこと。オーストラリアでは1年生に上がるまえ、幼稚園の年長段階から小学校に通うのが一般的です)を対象に、折り紙や塗り絵、“Walking around the room” “Chicken, chicken, goose” などのゲームを通じて色を覚える授業を見学しました。どれも、子供たちが楽しみながら色を覚えられるように工夫されていて、見ていてとても感心しました。まさにアイディアの宝庫ですね。

 ※Walking around the room・・・「だるまさんが転んだ」のように、リズムに合わせて教室を歩き回り、リズムが止むと動きを止めます。そこで先生が “Point to aka!” と指示すると、生徒が一斉に教室内の赤いものを指差します。

 ※Chicken, chicken, goose・・・生徒が輪になって座り、一人の鬼がその輪のまわりを歩きながら一人ずつの肩を叩いて “Chicken” とか “Goose” と言うのですが、”Goose” と言われた人は立ち上がって鬼を追いかけなければなりません。鬼が一周して空いている席に座るまでに追いついて、タッチできればセーフ。間に合わなければその人が新たな鬼となります。授業ではこれを “aka, aka, murasaki” といった感じで行っていました。

 生徒達は程度の差こそあれ、みんな先生のほうを向いて、課題に取り組んでいました。今年の5月からこの学校で日本語を教えているという大学生のツトムさんも、「子供たちはとても素直です」と仰っていました。

 また、先生方の指導の仕方がとても上手だと思いました。決して生徒を否定することなく、生徒がきちんとマナーを守ったらそのことを褒めるのを忘れません。例えばざわついているクラスに対して “Thank you for your good manner!” と言ってマナーを守ることを気づかせ(ここで生徒を否定するでもなく、指示するでもないところがすごいですね→注)、生徒達が静かになったら “What a good class this is!” と褒めたたえます。あるいは、態度のよい子供から順番に次のアクティビティに移れるようにして、騒いでいる子も周りが次々と次の活動に移るのを見て静かになる、というような工夫もこらしています。

 (注:「○○しなさい」という注意を与えることももちろん多いです。決して指示をしない、ということではありません。)

 他にも3,4年生の Performing Art の授業を見学しましたが、こちらでは生徒達が劇を演じながら地球環境の大切さについて、セリフや振り付けを通じて学んでいました。また、授業のテーマをそもそも生徒に決めさせるような授業も行っているそうです(とはいえ、science といった大まかな方向は与えられていますが)。このように、オーストラリアの小学校ではあの手この手で子供の関心を引き出そうとしています。

 特に5,6年生から中学生にかけては、学習から関心が離れやすい時期であるという研究調査があるようで、先生達は生徒のモチベーションアップに必死のようです。

 (オーストラリアではこのようにデータに基づいた研究調査の結果を常に現場にフィードバックしています。日本のようにアカデミックと現場の乖離があったり、数値化を気にするあまり適切な評価を下せないという事態が起こらないようになっているのですね。)

 そして小学生のうちに自ら学ぶ意欲、習慣を身につけさせることで、中学生以降は教科ベースの教育に身をおくことになりながらも、生徒は主体的に勉強に取り組めるようになるそうです。三つ子の魂百まで。大げさかもしれませんが、生涯学習の姿勢はとにかく早いうちに身に着けてしまわないと、知識はいつでも増やしたり、アクセスしたりできるようになりますが、学ぶ態度はなかなか一朝一夕に身につくものではありません。

 今日も学び多き一日となりました。遠い異国の地で頑張っている日本人の先生方を応援しつつ、日本でもどうすれば生徒に常に学び続けてもらえるようになるか、考えていきたいと思います。

最後に、インターンのツトムさんとパシャリ!これからも頑張ってくださいね〜。
最後に、インターンのツトムさんとパシャリ!
これからも頑張ってくださいね〜。

玄関にあったこの大きな看板は、ツトムさん製作だそうです。オーストラリアと日本、いつまでも仲良くしたいですね!
玄関にあったこの大きな看板は、ツトムさん製作だそうです。
オーストラリアと日本、いつまでも仲良くしたいですね!


(written by R2)
タグ:教育視察
posted by ideamix at 19:26| 教育像の探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

R2、メルボルンをゆく! 〜教科横断型学習の巻〜

 今日はメルボルンから電車で30分ほどのところにある、Greenhills Primary School の視察に行って来ました!小高い丘の上、住宅地の真ん中にある小学校です。今回は主に5,6年生の授業を見学させていただきました。

学校の入り口。確かに、緑多き丘の上だ・・・。今日はどんな子供たちと出会えるかな?
学校の入り口。
確かに、緑多き丘の上だ・・・。
今日はどんな子供たちと出会えるかな?

校舎。どこが職員室かわからず困っていたら、親切な先生が案内してくれました。
校舎。
どこが職員室かわからず困っていたら、親切な先生が案内してくれました。

遊具。どこの学校でも屋根があるのは紫外線対策だろうか。
遊具。
どこの学校でも屋根があるのは紫外線対策だろうか。


 外国人って私たち日本人より大きいという認識があったのですが(そして事実、先生方は我々よりも大きいのですが)、5,6年生の子供たちは日本の子供たちより小さいのでは?という印象をもちました。顔立ちもまだ幼いという印象でしょうか。日本と違って受験のプレッシャーにさらされていないためかもしれません。

 今日見学させていただいたのはいわゆる “Integrated Studies” と呼ばれる教科横断型の学習。テーマはクラスによって「自然災害(火山や津波)」、「映画を撮ろう!」などさまざまでした。いずれの授業でもグループ学習がメインであり、生徒達はワークシートに取り組んだり、インターネットで情報収集を行ったりしていました。「自然災害」ではウェブベースのソフトを使って、竜巻の強さと被害の大きさをシミュレーションする生徒がいたり、「映画を撮ろう」では映画のシナリオを考えたり登場キャラクターである妖精の羽を作ったりという場面を見ましたが、驚きなのはみんながふざけ合いがありながらもきちんと課題に取り組んでいる点です。

 こちらの教室では生徒達は自分専用の机を持っているわけではなく、グループ机を使ってグループ学習を行うのですが、それぞれのグループが取り組んでいる課題がまったく異なりますした。また、生徒によっては床に寝そべっていたりと、とにかく生徒がばらばらに行動しています。それでいて、生徒は先生の統制化にあり、きちんと課題に取り組んでいるところがとても不思議です。いつもはグループで活動しているだけあってざわついているのですが、先生が「静かにしなさい」と指示を出せばぴたっと静かになります。これが日本なら、多くの生徒が先生の言うことを聞かない気がするのですが・・・。

 その理由の1つに、授業のエンターテイメント性が高いことがあげられるのかもしれません。生徒に興味をもって取り組んでもらうために、先生はこれでもかと生徒が楽しめるような工夫を考えています。

 ある算数の授業ではパソコンでゲームを楽しみながら小数や四則演算を学べるようになっていました。このゲームが、生徒個人で楽しむものではなくて電子黒板上に投影し、複数の生徒がチームで学べるようになっている点がポイントです。もちろん個人で取り組むようなゲームもありますが、こちらは成績が上がるとポイントがもらえて、そのポイントをゲーム内通貨として自分のアバターの着せ替えができるという、日本のモバゲーのようなものもありました。ネット上で、他国の生徒との対戦も可能でした。

 あるいは、「サバイバー」というゲームも盛んでした。クラス内の生徒を4チーム程度に分けて、それぞれが課題に取り組んで成果を競い、ポイントを稼ぐというしくみで、アメリカのテレビ番組になぞらえたものです。優勝したチームは1週間教室の掃除を免除されることもあるとか。

 ちなみにこれらのゲームのようなツールを見つけてくるのは先生の仕事であり、先生は常にアンテナを張り巡らせる必要があります。

 今日見学した以外にも、他の学期には「ひよこを育てる」「Earn & Learn(金銭キャリア教育)」「宇宙」といったテーマの授業が行われるそうですが、これらのテーマはどのように決まるのでしょうか。実は訪問前、私たちは何らかの社会的な要請を背景に、授業のテーマを決めているのだと考えていました。例えば「Earn & Learn」ではクラスを1つの国家とみなし、生徒が自分たちの職業を決め、仮想のビジネスゲームを行うことで政治や経済のしくみ、社会に貢献することでリターンを得るしくみなどを理解させるのですが、これは「日本のようにNEETが増えたり、お金の使い方がわからない大人が増えている」といった具体的な問題意識から出発していると考えていたのです。実際には社会問題を意識したわけではなく、生徒に楽しみながら算数の能力や市民性を身につけさせるための先生方の工夫の賜物であったようです。

 このように考えると、オーストラリアの教育における職務分掌はハッキリしています。「何を学ぶか(What)」はVELS(前回記事参照)で定められている通り、行政が決める。それを「どのように実践するか(How)」に先生方は集中しており、だからこそ充実した授業を行うことができるのでしょう。先生方はVELSに定められた能力を生徒に効果的に身につけさせるための手段として、テーマ設定を行っているのです。逆に、オーストラリア社会で必要となる能力やテーマはVELSで網羅されている必要があり、それが実際に満たされているからこそこのシステムは機能しているのでしょう。

 とはいえ、VELSの定める能力を網羅するようにテーマを決め、カリキュラムを考え、教材を開発するのは並大抵のことではありません。日本では決まった教科書がありますが、こちらでは教科書も自ら作るのであり、先生は自分でそのテーマについて徹底的に勉強し、そのうえで授業計画を練る必要があります。もちろんこれは先生一人ではなく、学年の教員団でチームを組んで行うようですが、ここでも授業計画を徹底的に具体化して「授業の目標」「目標の達成方法(タイムテーブル)」「評価項目」「評価方法」まで落とし込みます。本当に、ビジネスマンも顔負けの企画書です。

 先生の一人に「オーストラリアの教育システムに何か不満がありますか?」と聞いてみたところ、「強いてあげれば忙しくて時間がないところ」とのことでした。制度そのものへの不満はないようですし、自分自身の仕事にやりがいを感じている先生が多いようです。これは学校現場への権限委譲が大きいというオーストラリアの教育制度が奏功した結果と考えていいのではないでしょうか。何か不満があっても、自分たちの裁量で学校現場から教育のあり方を変えていくことができるのです(もちろん、そのために学校の先生方は忙しくもなるのでしょうけれど)。

 私たちが日本の教育像を考えるにあたって、オーストラリア流の教育現場への権限委譲を考えるならば、先生方に現場に集中していただけるように日本社会で求められる能力(What)を洗い出しておく必要があるのかもしれません。これからの日本社会で身に着けておくべき能力とは何でしょうか?この記事を読まれた皆さんにも、少し考えてみていただけると幸いです。

最後にアテンドの佐藤さんとツーショット!だいぶ僕もオーストラリアになじんできました。
最後にアテンドの佐藤さんとツーショット!
だいぶボクもオーストラリアになじんできました。


(written by R2)
タグ:教育視察
posted by ideamix at 20:28| 教育像の探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月17日

R2、メルボルンをゆく! 〜ビクトリア流学校経営の巻〜

 今日はメルボルン郊外の St. Albans East Primary School に行って来ました!移民の多い地区にあるこの学校に通う生徒の母語は、何と30以上。聴覚障害を持つ子供たちも通っており、実に多様なバックグラウンドの生徒達がいます。今回は Ann-Marie Kliman 校長先生にお話をうかがうことができました。

どこの学校も芝の運動場があります。遊具スペースの足元は木屑で覆われ、安全に配慮されていますね。
どこの学校も芝の運動場があります。
遊具スペースの足元は木屑で覆われ、安全に配慮されていますね。

校舎とバスケットコート。今日の体育は体育館で行われていました。紫外線対策?
校舎とバスケットコート。
今日の体育は体育館で行われていました。
紫外線対策?


 校長先生とお話が出来るということで、私たちはビクトリア州の学校経営についてうかがったのですが、もう何もかもが日本と違っていて、驚くばかりです。まずビクトリア州には VELS(Victorian Essential Learning Standards) と呼ばれる州政府の定める教育の統一水準があり、それを実際に見せていただいたのですが、レベル1〜4(義務教育でレベル6まで、小学校では4まで)のそれぞれが数十ページの冊子になっていて、それぞれのレベルで身につけるべき能力、指導方針が細かく書かれています。とはいえ、これらはあくまでも「何を(What)」に過ぎません。

 それを「どのように(How)」実行するかを定めるのが、各学校で作るチャーターと呼ばれる中期経営計画です。3ヵ年計画で「学校の追及する価値」「3年間の各領域での目標」「その達成方法」「その効果測定の方法・評価基準」を具体的に、がっちり定めています。さらにそれを反映して「Annual Implementation Plan 2008」(年間アクションプラン)を策定しますが、これもまた項目別に「年間の目標」「達成方法」「その目標達成を示す成果」を詳細に記述し、それぞれの「達成方法」をさらに分解して「何を(What)」「どのように(How)」「誰が(Who)」「いつ(When)」実行して、期待される「成果」を決めています。

 さらにさらに、これらに整合するように校長をはじめ、教師もまたそれぞれの成長のための年間の「目標」「達成方法」「期待する成果」を1年のはじめに詳細なレポートにまとめ、半年に1回その目標が達成されているかの評価を行い、フィードバックしていきます。先生は自己の成長を図るために外部の研修を積極的に活用し、その成果を学校に持ち帰ってシェアすることを求められます(その費用は学校が負担します)。

 もう、民間企業もビックリの徹底したタスクマネジメントっぷりですね。学校のスタッフ全員が、「国の目標」「州の目標」「学校の目標」を認識し、それに整合する自分の目標を設定し、その達成を評価するプロセスは、学校の透明性を確保し、先生の意識を統一することができるという点で画期的だと思います。特にトップにいる校長先生は全ての先生の目標設定に関与し、その評価を行い、自らもまたそのロールモデルとなりながら、学校経営を行わなければなりません。

 「そんなスキルどこで身につけるんですか?」と聞くと、やはり政府や州が行う研修が充実しているとのこと。また、近隣の学校との情報共有も盛んで、若手の校長にはベテランの校長がメンターについたりするそうです。州の実施するリーダーシップ研修のプログラムを拝見しましたが、「リーダー的教員向け」「副校長向け」「若手校長向け」「校長向け」といったさまざまなレベルに対応した多様な研修が用意されていました。海外の学校の視察も州の負担で行ったりするようです。

 私たちは「日本の教育は十分な評価がなされていないのではないか」という問題意識を持っています。学校教育と社会の断絶が叫ばれて久しい中で、ではいったいその原因は何なのか、そもそも教育の理念が間違っているのか、理念が正しくともそれが実現していないのか。本当に学校教育は、目指す人材を育てられているのか。育てられていないならばどのような改善が必要か。それを明らかにするは「評価」を教育に導入する必要があります。そしてその評価をもとに、学校教育にフィードバックを与えていく必要があると思うのです。

 今回、評価のあり方の1つの答えをオーストラリアで見ることができたように思います。評価は目標とその達成を図る指標があって初めて意味をもちます。それこそがチャーターに代表される学校経営計画なのですね。そしてオーストラリアの学校では定量的に自分たちの教育を評価し、数値目標を設定することで経営を行っています。もちろん教育というのは何もかもが数値化できる性質のものではありません。しかしそれでも、教育の成果を客観的に分析し、それを将来に生かすために成果の定量化を図るという動きがこちらにはあります。これは大いに参考になりました。

 経営の話が中心になってしまいました。校長先生に実際に校内も案内してもらったのですが、驚いたのが子供たちが私たちのような部外者にまったく驚いていなかったこと、校長先生が子供たち一人ひとりの名前を覚えていたこと、聴覚障害や知能障害を持つ子供やアジア系移民の子供たちが入り乱れて一緒に仲良く勉強していたことなど、全てが新鮮でした。また、「6つの帽子」をはじめとした思考のツールなど、教育学の成果を存分に生かし、しかもそれらの思考のコツを教室に明記して張り出して生徒に意識させるようにしているなど、非常にシステマティックです。

 オーストラリアの教育は日本のような知識詰め込み型ではなく、生徒一人ひとりの主体的な学びを尊重していますが、教育の方法そのものは非常にシステマティックであるという印象を受けました。これこそ、生徒の個性を伸ばし、多様な学びのあり方を認めながらも彼らが共通のスタンダードを満たす能力を身につけられるようにする秘訣ではないでしょうか。そのアプローチは学校経営においても変わりません。学校の多様性は、共通のスタンダードを達成するための手段としての経営方針に表れているのです。

 私たちの「教育像の探究」はその実行方法や効果測定方法を含め、実現可能なものを目指しています。もちろん日本とは事情の異なるところも多いですが、オーストラリアのモデルは大いに参考にできそうです。

最後にKliman校長とツーショット!いやぁ、照れるなぁ。
最後にKliman校長とツーショット!
いやぁ、照れるなぁ。

さらに2日間案内してくださった阿部さんともツーショット!本当にお世話になりました〜。
さらに2日間案内してくださった阿部さんともツーショット!
ボクって人気者。
本当にお世話になりました〜。


(written by R2)
タグ:教育視察
posted by ideamix at 20:57| 教育像の探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。